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糖尿病網膜症とその治療

太田熱海病院 眼科

◆眼科医が思うこと
一口に眼科でみる病気といっても角膜、水晶体、ぶどう膜、網膜、視神経などたくさんの種類があります。その中でわれわれ眼科医が日々の診療で一番悔しい思いをするのは、「なぜもっと早く来てくれなかったのですか?」と思わず患者さんに聞き返してしまう種類の病気です。
糖尿病に伴ってあらわれる眼の病気である「糖尿病網膜症」は、痛みもなく、視力の低下に気づくのが遅れると、しばしば手遅れの状態になってから眼科を受診する場合も多く、そのような患者さんを目の前にすると「もっと早く治療を始めていれば・・・」と、無念さにとらわれます。

@糖尿病の恐ろしさ

糖尿病は脳卒中や心筋梗塞などの恐ろしい病気の原因となりますが、特に「網膜症」「腎症」「神経障害」は3大合併症といわれ、頻度の高い慢性疾患です。糖尿病網膜症によって毎年3000人もの人が高度の視覚障害に陥っており、糖尿病患者の20%が視覚障害の危機にあるといわれています。1989年以降、糖尿病網膜症は日本においての失明原因の第1位(全体の18%)となりました。しかも糖尿病による失明は、「中途失明」(初めからではなく人生半ばで失明)であり、その後の生活の変化に対する準備も十分にできず、比較的若い時期、働き盛りの時に視力を失うので(40〜50歳代だと網膜症の進行が早い傾向にあります)、自由を奪われ生活は激変し、仕事を断念するなど、本人はもちろん、家族に与える影響は計り知れないものがあります。

A眼の構造と糖尿病

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人間の眼の構造はちょうどデジタルカメラにたとえることができます。 眼の前の方にある角膜と水晶体(カメラのレンズにあたります) を通過して曲げられた光が、虹彩の中央にある瞳孔(カメラの絞り)を通って、網膜に達します。 網膜には1億個以上の視細胞(カメラのCCDに相当) があり光を電気信号に変換し、信号は視神経を通って後頭葉に送られ、画像知覚、認識されます。
この一連の知覚の流れの中で、大切な役割を担っている厚さ0.1〜0.3mmの網膜には多くの毛細血管が分布していて、網膜に酸素や栄養を送っています。
ところが、糖尿病になると血液中の糖分が増えて粘性が高まり、血液の流れが悪くなってしまいます。その結果、血管がつまって網膜の酸素や栄養が不足し毛細血管の壁が壊れて出血(眼底出血)したり、血液の血漿成分が漏れて網膜がむくんだり(網膜浮腫)します。これが糖尿病網膜症です。

 

B糖尿病網膜症の進行3段階

網膜症はいきなり悪くなるのではなく、長い時間の経過の中で高血糖の状態が細小血管に作用して引き起こされます。網膜の変化から判断し、大きくわけて3つの段階を踏みながら進行していきます。
 
(a)単純糖尿病網膜症

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網膜に点状の出血(上の写真の赤い小点)、血管の瘤(毛細血管瘤)や、脂肪がしみ出た境界鮮明な硬性白斑(上の写真の白い斑点)があらわれてきます。自覚症状や視力の低下もなく、眼科的な治療の必要もありません。定期健診や内科からの検査依頼によって発見されることが多いですが、この段階であれば内科的な血糖コントロールによって、出血や白斑は可逆的に消えてゆくことも多く、3〜6ヶ月程度の間隔で定期検査を行ないます。

 

 ↑中央右の黄色の円が視神経の出口である視神経乳頭
  そこから四方に走るのが網膜の血管
  中央のすこし暗い部分が視力に大切な黄斑部

(b)前増殖糖尿病網膜症

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つぎの段階では血栓によって毛細血管の内腔が閉塞し、そこから先の網膜には完全に血が通わなくなってしまいます。
こうなると網膜は虚血状態に陥り、網膜の細胞が死んでしまいます。このとき網膜には、死んでしまった神経線維が膨化した境界不鮮明な白い軟性白斑(上の写真の白斑)が現われ、出血は大きくなり、血管が異常な形を示すようになります。それでも網膜の一番大切な部分(黄斑部)は障害されないので、視力は正常で自覚症状はありません。

 
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この時期に大切なことは、網膜の異常を正確に把握するために「蛍光眼底造影」という検査を行なうことです。これによって虚血状態にある網膜の範囲(上の写真の暗い部分)を知ることができます。そして、その結果をもとにして網膜症に対するもっとも大切な治療「網膜レーザー光凝固」を決定します。これは外来でできる治療で、レーザー装置を用いて虚血網膜を凝固し、網膜症の次に段階に出現する新生血管の発生を予防します。レーザー治療の有効率は、この時期にタイミング良く治療を開始できれば80%と高いですが、時期が遅いと50〜60%と下がってしまいます。ですからやはり、早期発見、早期治療が大切なのです。

 

(c)増殖糖尿病網膜症
前増殖網膜症の40%がこの段階の網膜症に進行します。

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虚血網膜が放置されると、サイトカインという物質が放出され、網膜上に異常な血管(新生血管)が現われてきます。この小さな血管は非常にもろく簡単に破れて出血します。出血が眼内に拡散すると硝子体出血(上の写真の下方の赤い部分)を起こし、急激に視力が下がったり、飛蚊症を感じたりします。

 
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また、この段階の網膜症では、黄斑部に浮腫や硬性白斑の集積(上の写真の中央の白色部分)が生じることも多く、不可逆的な障害を網膜にもたらし高度の視力低下を引き起こします。

 
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そして、新生血管とともに、膠原線維を主体とした増殖膜が網膜面上に形成され(上の写真の灰白色部分)、網膜を引っ張り、網膜剥離を起こしてしまうと一気に視力障害は進みます。
このように糖尿病網膜症の恐ろしいところ
は、単純網膜症や前増殖網膜症では全く異常を自覚することなく、第3段階の増殖網膜症に至って初めて見え方がおかしいことに気づくことなのです。

 
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この段階の網膜症でも初期であれば、レーザー光凝固を網膜全体に行なうことで網膜症の進行を止めることが可能な場合もあります(上の写真の灰色部分がレーザーの瘢痕)。しかし、硝子体出血が多量であったり、牽引性網膜剥離を起こしてしまうと、硝子体手術が必要になります。硝子体手術の成功率は、早期であれば90%の症例で視力改善が得られますが、網膜症が進行した例では60%ほどになってしまいます。ただしここでいう視力改善とは1.0に戻るということではなく(もちろんそのような例もありますが)、手術をしなければ失明を免れない状態の眼が手術によって0.1を保つことができたなどという例も多いのです。

 

ですから、レーザー治療と同じように、硝子体手術もその時期がとても大切で、手遅れになる前にある程度早めに手術を行なうほうが良いと考えられています。当科でも、増殖糖尿病網膜症を患っている方に対しては、まず内科医との連携によって血糖をコントロールし、検査のうえ必要に応じてレーザー光凝固を確実に施行し、それでも網膜症が進行してしまった場合には視機能の保持と改善のために硝子体手術を行なっています。

C糖尿病の他の合併症

糖尿病になると体内の糖分が増えて水晶体にも蓄積され、水晶体の混濁が促進されます。
その結果、比較的若年でも白内障になり視力が障害されます。生活に支障がでるようになれば、手術を行なうことによって視力を回復させます。また、硝子体出血などに対して硝子体手術をするときに白内障手術も同時に行なうことがあります。当科では、白内障を除去して視力を回復させ、硝子体除去を完全に行ない、手術の成功率をより高めるために原則として同時手術を行なっています。

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網膜症が進行して新生血管が網膜上ではなく眼の前の方である隅角という場所に出てくると、眼の中の水(房水)の流れが滞って、 緑内障(正確には血管新生緑内障といいます)になってしまいます。緑内障になると眼の内圧(眼圧)が上がって視神経線維が圧迫、障害され(写真では緑内障によって視神経乳頭の内側が陥凹しています)、視野欠損がおこります。治療はまず、網膜に対してレーザー光凝固をできる限り追加します。これで治まることも多いですが、効果がない場合には緑内障手術や特殊な硝子体手術を行ないます。

 

その他にも、
 ・白目の充血がみられ、痛み、まぶしさを感じる虹彩毛様体炎
 ・眼を自由に動かせなくなる外眼筋麻痺
 ・視神経の血流が悪くなり、視野が大きく欠損してしまう虚血性視神経症
 ・黒め(角膜)の表面が傷つき、視力低下の原因ともなる糖尿病性角膜上皮症
などの合併症があります。

Dとにかくまず予防

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糖尿病を患っている人は日本全国で690万人、その可能性のある人と含めると1370万人といわれ、40歳以上の成人の10人に1人が糖尿病ということになります。しかも、医療機関にかかっている総患者数は220万人で有病者の半数にも満たないのが現状です。
大切なことは、すべてに共通する「早期発見・早期治療」です。
老人保健事業による基本健康診断、職域での定期健診、病院・診療所での健診などを利用して早期発見のチャンスを逃さないこと。

 

そして、糖尿病が疑われたら、勝手に受診期間をあけたりせず、定期的にしっかりと検査を受け、早期治療の時期を逃さないことが大切です。
糖尿病網膜症の治療法がいくら発達したといっても、治療の機会を逸してしまえば失明の危機といつも隣り合わせであることを忘れないでください。

 
 

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